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ハルヒですが。

異論は認めないw

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ニコニコ動画(RC) ‐らき☆すた ハルヒ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm693928

にて、夜間のビットレートダウンの様子が見られたのでレポートしておきます。

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息子と一緒に映画「カーズ」を見ていたら、この曲が挿入歌で使われていました。
Clear、こういう曲調が大好きなんですよね~!
一瞬にしてハマった。


- Rascal Flatts Lyrics

意外とカーズ自体もよい映画でした。
息子は車が出てるだけで喜んでる。

一度聞いてみてくださいな。

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Clearもヲタを自認している訳ですが、触れてはならない領域を定めていました。

それは「フィギュア」。

レビューサイト見てると、何故かたいていキャストオフしているのでw、これはハマったら抜け出せないだろ…常識的に考えて…と言うことで、手を出していなかったんです…昨日までは。

たまたまヤフオクで入札したら落札できてしまい、うちにもとうとう来ることになりました。
嫁に怒られるのはまぁ予想しています。息子には触られないように手の届かない場所に置いたw

んで買ったのはこいつな訳です。

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"学生に、Aという仮説を教える。そして然る後に、Aと矛盾する仮説Bを提示する。そして教えるこちらからはAB間の矛盾は解決しない。学生自身に矛盾について悩ませる。

その結果、そうとうちゃんと考えてこそ、ABそれぞれをふまえて、両者を止揚した仮説Cに学生自身の手でたどりつく。それをしてこそ、本当に自分の頭で考えて、自分の頭の中にその成果が残り、洞察力という力の存在を認識できる。

そういう講義をせんとあかん、と思ったのは、いまの学生、「決まった正解を教わるのが大学の講義」と勘違いしているからである。あーこどもっぽくっていや。そんなの、チャート式でも読んどいてくれ。

僕なんぞは、考え方ではなくって、他人が勝手に決めた正解を学んで、なにが面白いのかなんて思いますがねえ。"

福耳コラム - 矛盾の止揚の教育

うぅむ。
Clearはそうは思いません。
決まった答えが有ろうとも、何故そこにたどり着いたのかという「過程」に着目させたいときもあるのではないでしょうか。
どんなに難しい数学の問題でも、その計算過程を掘り下げていけば、小学一年の時にやった足し算にたどり着きます。
文科省が言う、「生きる力」というものに、それは大きく定義されていると言えます。

そして、大学は知識を学ぶ場所だと思います。もっといえば、「決まった正解を教えるのが大学の講義」だと思います。
その決まった正解というのが、教授者の持つ知識にゆだねられているわけですが、教授者の知識を広く学ぶ場が大学じゃないかな、と。
小学校と区別して考えて述べていきたいと思います。

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